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ベルリン
なんと言ってもドイツの首都は「ベルリン」、ベルリンの壁、東西ドイツ、ブラン
デンブルグ門と日本人には馴染みの言葉である。
我が町 PEINEから、アウトバーン2号線を東にまっすぐ、2時間半、旧東ドイツの
国境を抜け、旧西ベルリンに入る、今も、監視塔の残骸が当時を偲ばせる。
1989年ベルリンの壁が崩壊、誰もがノンSTOPでベルリンに来れるようになった
。そのベルリンの壁のある、ブランデンブルグ門まで、先ず言ってみよう。
ベルリンの象徴「ブランデンブルグ門」、1788から1791年にプロイセン国
王の凱旋のために建設された。そして、第2次世界大戦後、この門を境に壁が一夜
にして出来、1989年の壁に穴が開いた以降、ドイツ統一の象徴にもなっている
。門の広場には、壁の破片や旧ソ連の時計、帽子、勲章、望遠鏡など、駅弁売りの
スタイルで日本人に声をかける。首から下げていれば露天商では無いそうで、道に
並べると、Polizeiに引っ張られる。
小生も、お上りさんよろしく、壁のコンクリートの破片を記念に買う。5DM だった
。
門から旧西ベルリン側を背にして、左側に少し歩いた場所に、壁を越えようとして
虚しくも犠牲になった人たちの墓石が並んでいる、こんなに早く壁が崩壊するなら
と無念でしょうが無いでしょう。そっと、手を合わす。
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ベルリンのブランデンブルグ門
ここから、まっすぐに旧東ベルリンのメインストリート( Unter den Linder )菩
提樹の並木道で夏になると緑がすがすがしい、ドイツの文化の発祥地である。
ゆっくりと歩いていくと国立オペラ座に圧巻、シュプレー河を渡ると大聖堂ドーム
( Berliner Dom ) が、是非、入ってみよう。異教徒の我々でも心が清められる様
な気がする。
グリム兄弟が学んだフンボルト大学、ペルガモン博物館、美術の興味のある人は是
非、国立美術館へ、モネ、ロダンの作品が見られる。森鴎外の記念館も近く。
そして、蚤の市でがらくたあさり。ろくなモノは無いが、結構楽しい。
のんびりと観光 MAP を片手に、休憩には WURUST と BIER で、やはり、冬より夏
が良いね、観光には!。
腹が減ってきたな、ベルリンの繁華街(クーダム大通り)へ、崩れたカイザーヴィ
ルヘルム教会( Kaiser Wilhelm )のヨコのヨーロッパ センターの中に日本食レス
トラン「大都会」へ、焼き肉定食と日本酒で日本を偲ぶ。昼食は夜より格安ですの
で、お薦めですよ。
着物の日本女性を見ると、なにがしか、郷愁を覚える。帰りたいなー。
日本酒で気持ちよくなり、外に出る、ちょっと待って、ここが危険!。教会のヨコ
まで来ると、新聞いらんか?、と寄ってくる、いらん!。「あー、やられたスリだ
!」。とこんな具合、気をつけよう。特にこの場所は。
時間が許せば、EUROセンター前の噴水を眺めて、ドイツ人を観察するのも楽しい。
おみやげは!。「ローヤルベルリン」、特に白磁がすてき!。蚤の市の近くに専門
店を探そう。地元のおっちゃんに聞けば教えてくれるかな?。
蚤の市でのすすけたモノを見つけだすことができそう。歩いて見て下さい。スリに
あわないように、しっかり財布を握って。
クーダム大通りはブランド店、しゃれたレストランやCafe テラスが並んでいて、
Shoppingに散策に時間がいくら有っても足らない。アイグナーやゴールドファイル
のおみやげは忘れないで!。
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屋外のテラスでビール
時間を割いて、是非、ポッダムへ、あのポッタム宣言で有名ですが、森と湖のある
ハーヘェル河のある美しい街。プロイセンのフリードリッヒ大王のサンスーシ宮殿
が華麗に美しく輝いている。フリードリッヒ大王は沢山の領邦国家をまとめ、オー
ストリー、フランス、ロシアさらにはスエーデンと近隣の強国と戦い、1757年
ロスバハの戦いで宿敵のフランスを破った、そして、彼は「啓蒙絶対主義」を掲げ
国土を広げ、ドイツを統一した。
この美しさと対照的に寂しい町はずれに、ポッタム宣言の「ツェツィエンホ−フの
館」があり、その会談の部屋がそのままに保存され、チャーチル、トールマン、ス
ターリンが世界の運命を変えた。大戦の戦後処理と日本への降伏を策、6畳程度の
狭い部屋であり世界一危険な場所だったかもしれない。ここで終戦後の大国による
枠組みが決められ、悲劇の南北分断、そして冷戦時代、ベルリンの壁、ソ連の崩壊
と続く。
また、ここから2号線を西に、PEINEにかえろ!。ここから2時間の帰路である。
9.11.'97.「ベルリン」にて。
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